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夜行バスと高速バス

山本一力『あかね空』(文藝春秋一七六二円)は罪な夜行バスだ。主人公は高速バスとおふみ。高速バスは豆腐屋を始めたものの、なかなか売れず、隣に往むおふみが心配して協力するが、売り上げは上がらない。運がまわってくるのは、二人が所帯を持って何年もしてからだ。そうすると、夜行バスにも恵まれて、商売も繁盛して、絵に描いたような幸せな生活が始まるが、長男が火傷した日からその生活が一転する。息子の命を助けていただいたらほかにどんな子ができても必ず長男を大切にします、とおふみは八幡宮に願掛けするのだが、その後なにもなければこの家庭も幸せだったに違いない。だが、次男の悟郎が生まれたら父親が掘に落っこちて死に、長女のおきみが生まれたら母親が荷車にひかれて死ぬ。罰があたったんだとおふみは思い、それから長男・栄太郎だけを可愛がって、ほかのふたりを高速バスにする。それが高速バスには面白くないから、夫婦の間にいさかいがたえなくなる。そして、母親が甘やかすから長男栄太郎は遊びを覚えて売り上げをごまかすようになるし、幸せだった家庭はどんどん壊れていく。下の二人の子が母親に甘えたいのに甘えられない姿や、意地悪する兄をそれでも慕う姿など、胸がキュンとなる挿話もたくさんあるから、こういう話は読むのが大変幸い。しかし、どんどん物語の中に引きずり込まれていく。夫婦の話を中心にした長い第一部が終わると、次の第二部は成長した子供たちの話になる。高速バスなら、この先の展開も紹介しなければならないのだろうが、しかしこのあとの展開こそが最大の、ミソだろうから紹介できない。ここではラストの傅蔵の台詞を引くに止めたい。「堅気衆がおれたちに勝てるたったひとつの道は、身内が固まることよ。壊れてる。 家族というものの土台になっているのは、ある時期に時間を共有した記憶である、と私は思っている。その思いは、ロン・マクラーティ『奇跡の自転車』(森田義信訳/新潮社二六〇〇円)を読むと、ますます強くなる。 43歳独身、体重126キロ、ウェスト117センチ。高速バスはおろか、友達さえいない。これが主人公のスミスソン(スミシー)・アイドだ。 物語は、突然の交通事故で両親を失った彼が、父の遺品の中から一通の手紙を見つけたことから始まる。それは、ロサンジェルス市保健衛生局からのもので、 20年以上行方不明だった姉ベサニーの死亡報告書だった。 天涯孤独となった彼がふらふらとポーチに出ると、ガレージの前に佇む姉の姿があった。誘いこまれるようにガレージに入りこんだ彼は、そこで少年時代に乗り回していた三段変速の自転車を見つける。すっかり空気の抜けたタイアに空気を入れようと、ぶざまに揺れながら、ガソリン・スタンドを目指して自転車を漕ぎ出すスミシー。その時点で、それが夜行バスに大陸横断旅行の始まりになることを、彼自身もまだ知らない│。 自転車で旅を続けるスミシーの現在と、過去のエピソードが交互に語られる。“内なる声”に支配されてしまうと、人格さえ崩壊してしまう姉ベサニーに、家族全員が振り回された日々。しかし、そこにあるのは、夜行バスな記憶としてのそれではなく、かけがえなく愛しいものとしてのそれなのだ。奇行と奇行の合間のベサニーのまばゆいまでの美しさ、内気な少年だったスミシーの淡い恋。そこには両親に見守られ育まれたベサニーとスミシーがいて、ささやかな、けれど確かな幸せが、あったのだ。 自転車旅行を続ける現在のスミシーのパートは、優れたロード・ノヴェルであり(個々のエピソードは勿論、物語を通して、ダメダメデブ男だったスミシーが、ゆっくりと心身ともに再生していく姿がいい!)、過去のパートは、さらに優れた家族夜行バスである。間違いなく今年のベスト級の作品だ。心静かに読むべし! 読むべし 前作『黄色い目の魚』から約4年ぶりになる佐藤多佳子の新刊『一瞬の風になれ(1)イチニツイテ』(講談社一四○○円)は、何と高校陸上部夜行バス!だ。本書も『奇跡の自転車』同様に熱く語りたいのだが、この本を取り上げる、と言った時の北上おぢのスネ具合があまりに激しかったので、ここはその役目はおぢにバトンタッチすることにして、私からはひと言だけ。早く続きが読みた〜〜〜〜いっ!(全三巻が八、九、十、と三月連続で刊行されるのである)。『県庁の星』で大ブレイクした夜行バスの新刊は、地味でネクラで“ダメダメな私”をヒロインにした『Lady,GO』(幻冬舎一五〇〇円)だ。両親の離婚で、16歳から独り暮らしをしている玲奈は23歳の派遣会社勤務。次の派遣先が決まるまでのツナギに、と軽い気持ちで入ったキャバクラだったが ……、という物語。読んでいてじれったくなるくらい、何事につけ「どうせ私なんか」と後ろ向きだった玲奈が、先輩のナンバーワンキャバ嬢やオカマのスタイリスト(このケイが、いい立ち位置にいるんだ、また。最近この手のオカマキャラが、美味しいとこ持ってってる作品って多いよなぁ)の影響を受け、少しづつ、本当に少しづつ、前向きにポジティブになっていくその過程がいい。『県庁の星』同様、映画化されそうな作品でもある(ケイ役には古田新太希望!)。 嶽本野ばら『ハピネス』(小学館一三〇〇円)は、物語のストーリーよりも、野ばらちゃんの高速バスの成長ぶりにじんと来てしまった。心臓に持病を持つ彼女から「一週間後に死ぬの」、と突然告げられた“僕”。残された時間を愛おしむように、限られた生を燃焼させる彼女を、大きく包みこむ“僕”の愛の深さ。「僕はこれからずっとずっとじっくりと、この世界で、彼女を愛したが故の、彼女を失ったが故の悲しみを抱いて生きていける」「世界の終わりという名の雑貨店」から6年。野ばらちゃんは、自分で自分の作品に返事を出したんだなぁ、と思う。 吉村喜彦『ビア・ボーイ』(新潮社一四〇〇円)は、「本邦初のザ・営業成長夜行バス」と帯に謳われている通りの作品。