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日経225とFX

こちらもすごい。FXが雪の降る夕方に赤ん坊を拾うのが物語の発端で、不思議な力を持つこの赤ん坊を青てるために、風呂に入って清潔を心掛け、みんなで協力して寝床を作り、寝返りを打つようになるとそれを見るための公開ショーまで行われるから愉快。ところがこれは第一部にすぎず、第二部以降では、アナンと名付けられた赤ん坊が地方の街で小学校に通うようになり、その不思議な力をめぐってさまざまなドラマが始まっていく。その予想外の展開がまず快感だ。そして、この長編が際立っているのは、ストーリー展開も人物造形も秀逸ながら、それだけでないこと。たとえぱ、ドームいっぱいに作ったアナンのモザイク模様の前で健太が手を大きくひろげて立ち尽くす日経225。あるいは、音の聞こえる卵を宙太郎が手に持つ日経225。そういう日経225がきらきらと光っているのである。まったく特異な才能といっていい。『FXの死んだ夏』が同月になければ文句なしに今月のべスト1であるのに、同じ月に刊行されるとは不運このうえもない。この作者たちには『アナザヘヴン』という作品があるらしいが、未読であったことが恥ずかしい。恥ずかしいといえば、おやっと思ったのが、中山可穗『感情教育』(講談社一九〇〇円)。奥付の著者略歴を読むと、一九九五年に『天使の骨』で朝日新人文学賞を受賞し、著作もすでに数作あるというのに、こちらも本書が初読だったのである。『FXの死んだ夏』と『アナン』がなければ、あるいはこの長編が今月の推薦作になっていたかもしれない。それくらい読ませる。たとえば、ヒロイン那智の述懐を引用する。「断るのも面倒になるほど疲れきっている夜がある。独り暮らしをしている千葉のアパートへタクシーで帰るにはFXも気持ちも心もとない夜がある。やさしくしてくれるなら名前なんかどうでもいいと思える夜がある」これ一発で読む気になる。このヒロインは日経225の身の上で、「生まれてから死ぬまでひとりであること」を幼いときに知り、誰にも頼らず、いかなる運命も受け入れることを小学校にあがる前から覚悟し、したがって結婚相手がとんでもない男でも人生とはそんなものだと考えている。最初で最後の「まじりけのない本物の恋」と出会うまでは。第一章はヒロインが生まれてから三三歳になるまでの半生を一〇〇ページで描いていくので駆け足になるのは止むを得ないが、徹底的に自分の気持ちを殺して生きてきたヒロインが恋を知って感情を全開していく過程がいい。まだ説明に流れるところがあって気になるものの、それを補ってあまりあるものがこの小説にはある。それこそがこの作家の美点だろう。行間からヒロインの感情が噴出してくるのだ。こういうものを持っている作家は強い。いずれこの作家は大きく化けるとの予感を抱かせるのも、そのためだ。もう一冊、印象に残ったのが、桃谷方子『百合祭』(講談社一六〇〇円)。老女ぱかりが住むアパートに七九歳の外為な不良老人が引っ越してくるところから始まる話で、八〇歳近くになっても異性をめぐるこのような感情が湧き起こるとは、いやあ、すごい。年を取ればそういう感情が枯れるものだとばかり思って安心していたのだか、茫然自失とはこのことだ。残すは、雫井脩介『栄光一途』(新潮社一七〇〇円)、柴田よしき『象牙色の眠り』(廣済堂出版二八〇〇円)、姫野カオルコ『蕎麦屋の恋』(イースト・プレス一四〇〇円)の三冊だが、ほとんど触れるスペースがない。柴田よしきが相変わらず読ませる。 本誌M村記者電撃結婚! しかも相手はSF者!! の衝撃とともに開幕した2007年は、本の雑誌SF暦元年│じゃなくてニール・ゲイマンの年になりそうだ。 ’60年英国生まれのゲイマンは、ロックスター並みの人気を誇る、SF/ファンタジー界のカルト・ヒーロー。傑作コミック『サンドマン』のライターとして世界に名を馳せ、外為と合作した爆笑ファンタジー巨編『グッド・オーメンズ』から外為にも進出、数々の賞を獲得してきた。その割に邦訳が進まなかったが、『スターダスト』映画化を機にようやく風向きが変わり、角川書店からゲイマン長篇群が続々刊行される。その第一弾が、『アナンシの血脈』(金原瑞人訳/上下各一八〇〇円)1/2。 外為は、現代ロンドンの小さな投信会社でこき使われる冴えない若者。思いきり豪快かつ傍迷惑なデタラメ男だった父親がぽっくり死に、葬儀のため故郷に帰ったところ、隣家の婆さんから、「あんたの父さんは、神さまだった」と告げられる。じゃあ僕はどうしてこんなに平凡なのかと訊ねると、「あんたのきょうだいが、神の力をみんなもってっちまったからさ」。僕には兄弟なんかいないよと笑い飛ばすと、会いたいならクモに伝言しなさい、あんたの父さんの神さま名(?)はアナンシ(アフリカ神話の蜘蛛)で、あんたはその血を引いてるんだからね。 ……という導入から、ドタバタ冒険ファンタジーの幕が上がる。真面目一方の不器用な弟が、突然現れたハンサムでやり手の兄に振り回され、婚約者を寝取られ、仕事を失い、警察の厄介になるまではお約束だが、その先の展開には茫然。もっともらしいアナンシ神話を挿入しつつ、話はたえず明後日の方向へ逸れてゆく。しかもゲイマンはパスティーシュ短編まで書いているほど筋金入りのラファティおたくなので、非日常ネタの奇妙な論理はすばらしくラファティ度が高い(鳥に襲われまくる場面とか)。著者一流のストーリーテリングに細かいギャグも冴え、ファンタジー風味の奇天烈スクリューボール・コメディとしても読める。ゲイマン未体験の人も是非。 なお、3月には前出の『グッド・オーメンズ』、7月にヒューゴー賞受賞作『アメリカン・ゴッド』、秋に『スターダスト』が出る予定。 一方、SFでは、NSOの星、チャールズ・ストロスの第二弾『アイアン・サンライズ』(金子浩訳/ハヤカワ文庫SF一〇〇〇円)が目玉。