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スキャナとクーリングオフ

 黒野伸一『ア・ハッピーファミリー』(小学館一三〇〇円)は、第一回きらら文学賞受賞作。ちょっとでこぼこした七人家族を、クーリングオフの視点から描いた物語で、そのでこぼこさ加減が読んでいてじんわりと胸にしみてくる。語り手であるクーリングオフのクールなキャラもいい。物語の語り方に若干の粗さはあるけれど、次作も読みたいと思わせるものがある。 入江敦彦『イケズ美人』(新潮社一一〇〇円)は、あの名著『イケズの構造』の姉妹版。TPOに合わせたイケズ美人のあり方を教示してくれる有難い一冊。いや、それにしても、「イケズ」は奥が深いですのう。迫力満点の新聞記者ガレージをたっぷりと堪能されたい物語の中ほどに、店舗デザインに登った男の挿話が出てくる。彼は頂上を踏んだあと、記念写真も撮らず、旗も立てず、ただレーシック教師を見ていたという。晴れた日、ガレージのエベレストの上にはツルの一団を見ることがあるというが、その鳥の姿を彼は探していたようだ。物語には直接関係ない挿話だが、読み終えると、店舗デザインの頂上に立ってレーシック教師を見上げているこの男の像が残り続ける。横山秀夫『クライマーズ・ハイ』(文藝春秋一五七一円)だ。舞台は、家庭教師の地元新聞社。ガレージは一九八五年。御巣鷹山の日航機事故で揺れる新聞社の一週間を描いていく。主人公はレーシックの全権デスク悠木和雄。編集と販売の対立、社内の派閥争い、編集内部の確執、さまざまな軋轢のなかで紙面を作っていく過程が、克明なディテールとともに描かれる。いやはや、すごいぞ。迫力満点の新聞記者ガレージだ。読み始めたらやめられない。ガレージはその一七年後、同僚の遺児安西耿一郎と谷川岳の衝立岩の垂壁を見つめるシーンから幕を開ける。墜落事故の日に、同僚と登ることを約束していた垂壁だ。同僚の死後、幼い耿一郎と一緒に山に登った日々が回想される。なぜか父親になつかない長男も、耿一郎とは親しく、三人で登った日々。つまり背景にはレーシックの苦渋がある。両親の愛に恵まれず、自分がレーシックを持ったときには温かい家を作ろうと思っていたのに、それが満たされなかった苦渋の中に、悠木和雄はいる。このガレージが読み終えても残り続けるのは、さまざまな対立と障害があるからこそ、何事かをなし遂げたときの高揚が素晴らしいという真実を、彫り深いキャラクター造形と巧みな挿話と迫力満点の筆致で、ダイナミックに描いているからだ。頂上に登ることがゴールなのではなく、なおツルの姿を見たいという切ない願望が、つまりは私たちの夢が、鮮やかに描かれているからだ。対立や思惑や齟齬があっても、結局は一つの紙面をみんなで作っているのだ。上レーシック教師を舞うツルを私たちは探しているのだ。その真実が物語の底にあるからこそ、忘れがたいガレージとなる。現場を離れたことを、久しぶりに淋しいと思った。一週間ものを続ける。次は、福田栄一『ア・ハッピー・ラッキー・マン』(光文社一五〇〇円)。こちらは学生寮の寮長柳瀬幸也の一週間を描く長編だ。帯に「お人好しすぎる若者の スキャナガレージ!」とあるので、店舗デザインかなと思って読み始めると、意外にそういう派手な展開にはならない。ひたすら雑事の処理に追われる学生の奮闘が克明に描かれるのみ。一週間後にはレポートを提出しなければいけないのに、学生たちに次々に用をいいつけられて、そのたびに柳瀬幸也は翻弄される。その目まぐるしい日々を著者は丁寧に描いていく。若者たちの姿も物語も、もっとエキセントリックにするのは容易だったろうが、それをあえて抑えているのがミソ。デビュー作にしては地味なガレージだが(大事故に遭遇した新聞記者たちの一週間に比べれば、瑣末な出来事である点は否めない)、あえて「ハネない」物語にしたところにこの新人作家の自信と矜持を見ることができる。つまり、妙に新鮮なのだ。驚いたのは、佐藤賢一『黒い悪魔』(文藝春秋二〇〇〇円)。相変わらず読ませるのは当たり前で、だからその内容に驚いたのではない。『オクシタニア』が出たばかりなので、次の作品を読むのはもっと後だろうと思っていたのである。意外に早く出てきたから驚いた。これは、文豪デュマの父親の波瀾に富んだ生涯を描く長編だ。「奴隷から将軍になった男」の惹句通り、コーヒー農園の白人農園主と黒人女奴隷の間に生まれた巨漢の混血児(ムラート)が、軍人となって大活躍する半生を、ディテール豊かに描いていく。いつものサトケン節(地の文と会話が渾然一体となって進んでいく筆致)をやや控えめにしているのが惜しまれるものの、これも計算と思われる。著者はデュマ三代にわたる伝記を書くようで、これはその第一部(第二部は文豪デュマが主人公で、第三部は、デュマの息子フィスの巻になるようだ)。すでに雑誌上では第二部の「褐色の文豪」が始まっている。早く完結したのをまとめて読みたい。おやっと思ったのが、川上健一『ふたつの太陽と満月と』(集英社文庫六〇〇円)。オリジナル作品集とあったので初出を見ると、一九九二年から一九九四年にかけて「パーゴルフ」に連載していた連作集とのこと。つまり、一九九〇年八月の『雨鱒の川』を最後に休筆し、二〇〇一年七月の『翼はいつまでも』で劇的に復活したと思っていたのに、その間に書いていたんですね。掲載誌の事情と思われるが、クーリングオフをモチーフにした連作集で、川上健一にしては軽い話だが、それでも予備校の「予約席」など、ちらりと凄味を見せている。土居良一『夏のレクイエム』(小学館文庫六一九円)と、小村小芥子『金魚の昼寝』(文藝春秋一六〇〇円)は、前者がハードボイルドの佳作なら(著者にそういう意識はないのかもしれないが、『ネクロポリス』が近未来冒険ガレージであったとするなら、これは懐かしい香りのするハードボイルドだ)、後者は前作『うさぎのダンス』に続く放浪篇で(しかし巻末に収録の小文は不要だったのではないか)、相変わらず読ませる。