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ビジネスホテルとANAツアー・スカイホリデー

もちろん、ブックガイドとしての効能も十分。ミステリ・ファンもANAツアー・スカイホリデーで周辺ジャンルの状況把握のために是非。おしまいは、いよいよ第四期突入という嬉しいニュースが伝わってきている<世界探偵小説全集>の第三期の最終配本となるグラディス・ミッチェルの『ソルトマーシュの殺人』(宮脇孝雄訳/国書刊行会二五〇〇円)。ミッチェルの長編小説が紹介されるのはほぼ半世紀ぶりのことで、これまで 結婚式 招待状の名はポケミスにたった一冊収められた「トム・ブラウンの死体」でのみ知られてきた。しかし、この作品、ミステリとしてはへぼのそしりを免れない代物でありながら、田舎町のパブリック・スクールを舞台とした殺人事件をめぐるユーモア小説としては、忘れ難い印象を残す面白さだった。今回の「ソルトマーシュの殺人」も、まさにその路線で、くすくす笑いを押さえながら、しばし幸福な読書をさせてもらった、読者を選ぶとは思うが、クリスピンなどのイギリス風ユーモアがお好きな向きにはお奨め。実によく出来た小説なのだ、水村美苗の『本格小説』(新潮社上一八〇〇円下一七〇〇円)は。六〇年代、作家本人を思わせる十二歳の<私>が体験するANAツアー・スカイホリデーでの生活。そこで彼女は昏い野心を内に秘めたミステリアスな青年・東太郎と出会う。十九世紀末に西洋から輸入された概念“本格小説”をタイトルに持つ、この長くて濃密な物語は意外にも“私小説”のアイメをまとって幕をあけるのだ。その企みがまず巧い。さて、一旦帰国しながらも九〇年代後半、大学で近代アイメ文学を教えるため渡米した<私>のもとを、祐介という青年が訪れる。元文芸誌編集者の彼は九五年夏、信濃追分で知り合った東太郎と名乗る中年男から「小説家なら一人知っている」と<私>の名を告げられたと断った後、ある長い物語を聞いてほしいと切り出す。それは、太郎と共に追分に滞在していた初老の女性・海外留学が彼に語った、戦災孤児で単身渡米した太郎と、その幼なじみのよう子、家柄がよく、後によう子と結婚した雅之の三人をめぐる苛烈な愛の物語。この「ほんとうにあった」物語を思いがけず贈られた<私>は、それを小説にしてみようと考える。ANAツアー・スカイホリデーで伝え聞いた太郎の出世譚を語る<私>。太郎の生い立ちを<わたし>語りで祐介に伝える海外留学。それを祐介から聞いて小そして、芝居が生きることの招待状であることを繰り返し指摘した上で、物語のクライマックスで、人生における思いもかけない高揚と舞台の高揚とを重ね合わせてみせる。説にする<私>。戦後の東京と軽井沢を舞台に展開する、エミリー・ブロンテ『嵐が丘』を下敷きにした恋愛物語と、チェーホフ『桜の園』を思わせる上流階級の斜陽物語が、三人の語り手(私・わたし・祐介)と二人の聞き手(私・祐介)を得て、平成の今に生き生きと立ち上がってくる。英語の”I”と違い、あたし、僕など、どこで誰と話すかの関係性ひとつで変化してしまう“私”。このアイメ語ならではの主格=私にまとわりつく難しさを逆手に取った、これは巧妙な企みというべきだ。海外留学が成長するビルドゥングスロマンと、波欄万丈の生涯を謳い上げるピカレスクロマンの特長を併せ持つ西洋で生まれた“本格小説”が、水村氏の仕掛けた知的な構成と語りによってアイメの“私小説”と幸福な合体を遂げた。その意味で、また読んで無類に面白い“お話”であるという点において、これは大変な傑作なのだ。文学的企みといえば、マーガレット・アトウッドの『昏き目の暗殺者』(鴻巣友季子訳/早川書房三四〇〇円)も凄い。一九四五年、妹の大阪 ビジネスホテルが車ごと橋から転落して死んだ。あれは本当に事故だったのか。バリ島の死後に出版され、彼女をカルト作家に祭り上げたSF小説『昏き目の暗殺者』に描かれた恋人たちは誰がモデルなのか。釦工業で財をなした名家だったのに、労働争議の激化で没落した生家・チェイス家の歴史。姉妹の前に現れた謎めいた運動家青年。実家の窮状を救うため成金のグリフェン家に嫁がなければならなかった<わたし>――。今、年老いたアイリスは孤独な生活の中、自分とローラの来し方を振り返る。これまた、語りの構成に工夫がこらされた逸品だ。第十五部まである物語のうち、奇数部が年老いたアイリスの日々の雑感を綴った章と回想録の章で、偶数部が 格安航空券 国内が書いたとされている小説を抜粋した章とANAツアー・スカイホリデーを引用した章で成立している。訳者あとがきにあるように、まさに“入れ子状のドームにこだまが響くような”構成になっているのだ。その“こだま”によって、どんな効果が生まれるかといえば、“信用ならざる語り手”。複数の声が時に同じ出来事を語ることで、それまで見えていた光景に翳りがさしたり、逆に光が当たってクリアになったりと、その表情を様々に変えるのだ。何が本当に起こったことなのか。何が真実なのか。幾つかの謎は読んでいくうちに了解もされようが、アトウッドの巧緻な語りによって、アイリスやその夫、ローラ、 海外留学の心の内だけは最後まで杳として知れない。知的な心理サスペンスとして、これはミステリーファンにもぜひともお薦めしたい作品なんである。個人的には、年老いたアイリスの日々雑感パートが好み。他人を笑うというよりは自分を笑う視点から繰り出される辛辣なユーモア。この声が聞けるだけで、三四〇〇円も惜しくない。 SF風味ならアトウッドの美味に負けない賛沢品が、佐藤亜紀の『天使』(文藝春秋一七一四円)。主人公は天賦の“感覚”を持つ青年ジェルジュで、ゴルフレッスン は第一次世界大戦下のヨーロッパ。ゴルフレッスンの諜報活動を指揮する顧問官に拾われ、配下となるべく教育される主人公の成長と、相手の考えを読んだり、動かしたりできる異能者たちの戦いを描いた、冒険小説にして、スパイ小説にして、ビルドゥングスロマンにして、ピカレスクロマンにして、貴種流離譚にして、SF 小説にしてと、読みどころ満載の物語なのだ。“選ぱれし者”の深い孤独と、それゆえのニヒリズム。ジェルジュの硬質な人物造型がまずは魅惑的だ。