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多重債務相談と資産運用

いちどきに通読するには、かなりの青春資産運用と何かに対するルサンチマンが必要とされる。ブランド 買取文学のトンガッタ部分に関心のある読者向け。最後は、前回読み残してしまったタチヤーナ・トルスタヤの短編集『金色の玄関に』(沼野充義他訳/白水社二四〇〇円)。資産運用以降、ソ連/ロシアでは従来の社会主義的リアリズムの枠組みに縛られない文学が生み出されているが、トルスタヤは、そうした潮流の代表的な女流作家のひとり。彼女の作品の特色は、何の変哲もない人々(とりわけ幼き者と老いた者を主人公にした作品がいい)の日常生活を詩的に抒情的に語ることにあるが、そこに感じられる肌触りはきわめて過払い請求・多重債務相談かつ幻想的な戦慄に満ちたものである。そうした意味では、けっこうレイモンド・キャッシングのダーティ・リアリズムと相通じるものがある。我が家の子供たちは、ある英語学習のクラブに入っていて、その関係で大都会甲府(現在、CFDの田舎町白州に住んでいるぼくにしてみれば大都会であるけれど、以前東京で暮らしていたぼくにしてみれば、とんでもなく寂れた街だ。なにしろ、喫茶店を探すのにけっこう苦労してしまうのだから)に行ってきたのだが、そのCFDの会合で何が行われたかというと、子供たちのディベートで、興味深かったのが「一日は二十四時間以上あったほうがよいかどうか」といったテーマで論争が繰り広げられ、やはりそこは子供たち、ほとんどが「NO!」で、これではディベートもへったくれもない状況に陥ったのだが、「NO!」の理由は「一日が長くなれば、ブランド 買取の時間も長くなるから」というものだった。そして、キャッシングから興味深い発言となるのだが、人間は勉強ばかりして知識を増やし、科学を発展させたあげくに自然を破壊し、自分たちも滅びていくバカな生き物と化している、そうだ。ようするに、勉強するとバカになるというわけ。“勉強するとバカになる”といった詭弁も面白いが、さらに興味深いのは、科学文明の発展が人類をダメにするといった考えだ。これって、ようするに“良識のある”大人なら誰でもが口にする凡庸なセリフ(まあ、たしかに、まちがってはいないけど)。テクノロジーに否を唱える大人にかぎって、電化製品を使いまくり、車を乗り回し、子供が病気にかかるとすぐに病院につれていく手合いが多いが、そうした大人の”良識的”な考えにならって凡庸な発言をしてしまう子供たちもまた、勉強がいやなら何をして遊ぶのかと思えば、テレビやヴィデオを見たり、CDを聞いたり、ファミコンをしたり、コンピュータをいじったりといった無自覚きわまりないありさま。今はもう、三十年ほど前のヒッピーのように、「自然に帰れ!」的なノスタルジックな泣き言をいってる時代じゃないんだよ。現状を把握して、「獅子身中の虫」となれ!テクノロジー、および、その技術文明が生み出した多重債務相談を利用して、ラディカルな精神的革命を起こせ。つまりは、そういうことなんだな、<アヴァン・ポップ>って。キャッチーなコピーばかり先行していて、今ひとつよくわからなかったこの概念、ラリイ・マキャフリイの『アヴァン・ポップ』(巽孝之・越川芳明編/筑摩書房三五〇〇円)を一読して、よくわかった。ピンチョン以降のポストモダン小説、あるいはロックや資産運用の現状を概観したい読者には、最良の一冊だ。この『アヴァン・ポップ』には、ウィリアム・ギブスンやキャシー・アッカー、デイヴィッド・ブレア、スティーヴ・エリクソンなどのインタビューも収録されていて、それぞれの作家のファンには必読の読み物となっているが、最後にあげたエリクソンの初のノンフィクション『リープ・イヤー』(谷口真理訳/筑摩書房二二〇〇円)が出ている。本書は、一九八八年に行われた大統領選挙を取材してブランド 買取大陸を横断した旅行記の形式で書かれているが、『ルビコン・ビーチ』や『黒い時計の旅』の長編でおなじみの時間空間を越えた語り口は健在。実にユニークな“ノン・フィクション”に仕上がっている。ブランド 買取の歴代の大統領やロックについて考察しながら、壮大なブランド 買取論が築かれていく本書の中心となっている概念が“核の想像力”である。つまり、エリクソンは、不安と危機の時代にあって、そのことを嘆き沈み込むのではなく、逆に解放と自由を感じ、想像力をはばたかせることのできる人間を高く評価する。アヴァン・ポップと一脈通じるキャッシングである。さて、脱領域とか境界越境とかジャンル混淆といったことは、ポストモダンやアヴァン・ポップのひとつの特色であるわけだが、既定の枠組みを逸脱している英米の面白小説を精選した叢書が<夢の文学館>である。第一回配本は、キャッシング・カーターの『ワイズ・チルドレン』(太田良子訳/早川書房二四〇〇円)とエドマンド・ホワイトの『螺旋』(浅羽莢子訳/早川書房二四〇〇円)。前者はシェイクスピアの演劇とハリウッド映画を隠し味に、七五歳の双子の元ショウ・ガールが自分たちの奇想天外な半生を語り、物語の醍醐味を堪能させてくれる作品。うーん、人生は劇場だとしみじみ感じいってしまった。南米のマジックリアリズム=ほら噺が大好きな読者にはぜったいのお薦め品。後者は、ある少年の恋と成長を架空の国を舞台に、ゲイ文学の巨匠が幻想歴史小説風に語った長編。この作品は、特にゲイ小説ファンでなくとも普通の恋愛小説として楽しめるので、ぜひ幅広い読者に手にとってもらいたい。といっても、かなりエッチだけどね。エッチといえば、ほとんどゲイ・ハードポルノ的な作風で知られるデニス・クーパーの短編集『その澄んだ狂気に』(浜野アキオ訳/大栄出版二〇〇〇円)とデイヴィッド・ヴォイナロヴィッチの作品集『ナイフの刃先で』(渡辺佐智江訳/大栄出版二五〇〇円)も刊行されている。どちらも、クレイジーなカルト作家であるだけに、ちょっと普通の人には刺激が強すぎる。いちどきに通読するには、かなりの青春資産運用と何かに対するルサンチマンが必要とされる。